この5冊について
「泣ける小説」と聞くと、読みながら大きく感情を揺さぶってくる本を思い浮かべる人が多いと思う。今回はそこから少しずらして、読んでいる最中より本を閉じたあとに効いてくる5冊を選んだ。
どれも、泣かせるための仕掛けが前に出る本ではない。登場人物の痛みや選択を受け取ったあと、通勤中や夜の静かな時間に不意に戻ってくるタイプの本だ。凪良ゆうが2冊入っているが、刺さり方がかなり違うので両方残した。
1.『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ

52ヘルツのクジラたち
声を上げられなかった貴瑚と、「ムシ」と呼ばれる少年が出会い、届かない声を聴き合っていく話。読むあいだは海辺の静けさや人の気配を追っている感覚だが、ページを閉じたあとに浮かぶのは、助けを求められなかった側の痛みだった。
自分の中にも、うまく言葉にできなかった記憶があったと気づかされる。帰り道や台所みたいな何でもない場面で、貴瑚の抱えていたものがふいに重なってくる本だった。
2.『流浪の月』凪良ゆう

流浪の月
誘拐犯と被害者と呼ばれた二人が、15年後に再会する話。外から見える事実ははっきりしているのに、その内側にあった真実には簡単に名前をつけられない。
とくに「事実と真実はちがう」という感覚が、日常の中でふと顔を出す。ニュースを見たとき、誰かの話を聞いたとき、わかったつもりで見ていた自分を問い直される作品。
3.『汝、星のごとく』凪良ゆう

汝、星のごとく
瀬戸内の島で出会った暁海と櫂が、家族や土地、仕事に縛られながら惹かれ合っていく話。入口は恋愛小説として自然に入れる。でも読み終えて残るのは、好きだけでは越えられない現実の重さだった。
読んでいる最中は二人の行き違いを追うのに必死になるが、しばらくしてから正しさに押しつぶされていく感じが強く響く。恋愛小説を読んだというより、人が自分の人生を選ぶときの擦り傷までまとめて受け取った気分になる。
4.『水を縫う』寺地はるな

水を縫う
手芸が好きな男子高校生の清澄を中心に、それぞれ噛み合いきらない家族が少しずつ関わり直していく話。大きな悲劇で引っぱる本ではなく、家族のぎこちなさをそのまま描いていく。
だからこそ、静かに泣ける。誰かを完全に理解しなくても、一緒にいられる形はあるのかもしれないと見せられて、読後は深呼吸をしたくなった。
5.『存在のすべてを』塩田武士

存在のすべてを
平成初期の誘拐事件を、30年後に新聞記者が追い直していく話。長い時間の中で人が抱え続けていたものを、物語の中で少しずつ積み上げていく。
最後に近づけば近づくほど、作中の、また読み進めてきた時間の厚みが一度に押し寄せる。胸の中で整理できないものが増えていき、気づくと深いところまで届いていた。
まとめ
この5冊に共通しているのは、泣ける場面を強く作ることより、人の痛みや選択をこちらへ預けてくるところだと思う。だから読んでいる最中より、読み終わってからの時間のほうが長く作品とつながっている感じがある。
号泣系の一気に来る本を探していると少し違うかもしれない。ただ、読み終えたあとも生活の中で本のことを考えていたいなら、こういう5冊はかなり合う。読書はページを閉じた瞬間で終わらないのだと、あらためて思わされた。



