朝井リョウという作家

朝井リョウは、2009年に『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞してデビューした。1989年岐阜県生まれ。早稲田大学在学中のデビューで、2013年には『何者』で直木賞を受賞している。

正直に言うと、自分は朝井リョウはそんなに好きではない。こちらが見たくないものまで見せにくる文章力は確かにすごい。人の浅さ、逃げ方、群れたときの居心地の悪さを容赦なく書くので、読むたびに少し疲れる気がするからだ。

ただ、その疲れが嫌というわけでもない。『正欲』では「多様性」という言葉の外にいる人たちを書き、『イン・ザ・メガチャーチ』では物語による九歳と支配を書き、我々読者の価値観を変えてきた。読み終える頃には自分が立っていた場所が正しいのか疑わしくなる。 そこが苦手でもあり、読み続けている理由でもある。

作品ごとに扱うテーマも幅広い。高校の部活、就活、アイドル、エッセイ、マイノリティ、推し活ビジネス。題材はばらけているが、集団の中で「自分だけが少しずれている」空気を書く際の正確さは一貫している。だから入口が違っても、受け取るメッセージは共通している印象がある。

はじめて読む人へ:最初の一冊

桐島、部活やめるってよ(2010年、集英社)

桐島、部活やめるってよ

桐島、部活やめるってよ

朝井リョウ / 集英社 / 2010-02-26

いちばん入りやすいのはこれだと思う。超有名作。高校の部活ものとして読めるし、本自体も比較的薄めで分量が軽い。 誰か一人がいなくなっただけで教室や部活の空気がどれだけ変わるかをじわじわ描いている。しかも桐島自身は物語に一度も登場しない。不在の人物が全員の行動を変えていく、という構造そのものが題名になっている。 朝井リョウの「集団の居心地の悪さ」への感覚が、すでにはっきりしていることがわかる。

正欲(2021年、新潮社)

正欲

正欲

朝井リョウ / 新潮社 / 2021-03-26

朝井リョウらしさをいちばん端的に知りたいなら、ここかもしれない。かなりしんどい。読者を追い込む書き方も過激で、読み終えても気分が晴れず、それがかえって記憶に残る。社会派の重さから入りたい人には向いている。

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イン・ザ・メガチャーチ(2025年、日経BP)

イン・ザ・メガチャーチ

イン・ザ・メガチャーチ

朝井リョウ / 日経BP / 2025-09-03

いまの朝井リョウから入るならこれ。推し活ビジネスを作る側、のめり込む側、陰謀論に流れる側を並べて、「物語で救われること」の危うさを描いている。この本はかなり面白く読めた。2026年本屋大賞ノミネート作でもある。

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作品の系統整理

「集団の中の居心地悪さ」を書いた作品

『桐島、部活やめるってよ』、『何者』、『武道館』あたりがまずここに入る。学校、就活、アイドルという違う場を使ってキャッチーに描いているが、周りと同じように振る舞っているつもりでも、少しずつずれていくところを書くのが非常に上手い。 そのずれは本人の自意識にも、集団の空気にも最終的には影響していく。その過程を冷たく、確実に表現している。

何者

何者

朝井リョウ / 新潮社 / 2012-11-30

『何者』はその中でも特に有名だ。就活という、みんなが「正しい顔」を作る場を使って、人が自分をどう演出するかを追っている。主人公はずっと他人のSNSを観察し、冷静に評価する側にいると思っている。その前提が崩れるのが終盤の盛り上がりだ。

「社会の正しさ」を疑う作品

『正欲』『イン・ザ・メガチャーチ』 はこの並びで読むと面白い。『正欲』が「わかってもらえない」側の痛みだとすれば、『イン・ザ・メガチャーチ』は「わかった気にさせられている」側の危うさを書いている。 どちらも読むのは楽ではないが、朝井リョウがただ人間関係のしがらみを書くだけの作家ではないことがよくわかる。

この系統は、読んだ後にしばらく頭から離れないことが多い。軽く読み流すというより、読む側が自分のほうを疑い始める読書になる。

エッセイと短編集

小説の朝井リョウしか読んでいないと、エッセイの軽さに少し驚くかもしれない。『時をかけるゆとり』や『風と共にゆとりぬ』は、あの観察眼がもっと笑いに寄っている。小説の後に読むと、同じ人とは思えないほど空気が違う。

短編集だと『少女は卒業しない』や『世にも奇妙な君物語』も入口になりやすい。

もっと読みたい人へ

『スター』は、動画、映画、表現の価値をめぐる話で、作家生活10周年の節目に出た長編だ。SNS以後の表現者を書くという意味では、『イン・ザ・メガチャーチ』へつながる線も感じる。

『発注いただきました!』は企業からの依頼に応える形で書かれた変則的な作品集で、普通の小説とはだいぶ感触が違う。少し変わった本が好きなら、こういう横道のほうがおもしろいかもしれない。

もし朝井リョウが苦手なら、無理に代表作から攻めなくてもいい。エッセイか短編集を先に読むと、観察力、解像度の高さが拾えて、小説ほど消耗しない入り方ができる。

全作品一覧(時系列)

単著を中心に整理。エッセイは ※ を付けている。

タイトル 出版社 備考
2010 桐島、部活やめるってよ 集英社 デビュー作、第22回小説すばる新人賞受賞、2012年映画化
2010 チア男子!! 集英社 2019年映画化
2011 星やどりの声 KADOKAWA
2011 もういちど生まれる 幻冬舎 短編集
2012 少女は卒業しない 集英社 2023年映画化
2012 何者 新潮社 第148回直木賞受賞、2016年映画化
2013 世界地図の下書き 集英社 第29回坪田譲治文学賞受賞
2014 ※時をかけるゆとり 文藝春秋 エッセイ
2015 武道館 文藝春秋 2016年ドラマ化
2015 世にも奇妙な君物語 講談社 2021年ドラマ化
2016 何様 新潮社 『何者』のアンサー小説
2019 ままならないから私とあなた 文藝春秋 短編集
2019 死にがいを求めて生きているの 中央公論新社
2019 ※風と共にゆとりぬ 文藝春秋 エッセイ
2020 どうしても生きてる 幻冬舎 短編集
2020 スター 朝日新聞出版
2021 正欲 新潮社 第34回柴田錬三郎賞受賞
2022 発注いただきました! 集英社 作品集
2024 生殖記 小学館
2025 ※そして誰もゆとらなくなった 文藝春秋 エッセイ
2025 イン・ザ・メガチャーチ 日経BP 2026年本屋大賞ノミネート

どれから読むか迷ったら

青春小説から入りたいなら『桐島、部活やめるってよ』、朝井リョウの容赦のなさを先に味わいたいなら『何者』か『正欲』、いまの関心に近いものから入りたいなら『イン・ザ・メガチャーチ』がいい。

読んで気分がよくなる本ばかりではないが、読み終わると自分の見方まで少し変わった気がする。その感覚を一度知ると、次の作品も気になる金太郎飴方式だ。一部作品は Audible でも聴ける。重い長編に入る前に、軽いところから試しやすい作家でもある。