千早茜という作家

2009年に『魚神』でデビュー。感覚、とくに匂いや味、肌ざわりのような言葉にしにくいものを書く作家だと思う。

恋愛を書くときも、ただ甘い話にはならない。好き、執着、嫉妬、ためらい、諦めといった感情が、体温のあるものとして立ち上がってくる。踏み込んだ題材でも、静かなまま深く刺してくるところが千早茜らしさだと思う。

食べもの、香り、身体感覚がよく出てくるので、あらすじよりも「読む感触」が記憶に残るタイプの小説が好きな人にはよく合う。


はじめて読む人へ:最初の一冊

透明な夜の香り(2020年、集英社)

透明な夜の香り

透明な夜の香り

千早茜 / 集英社 / 2021-04-05

調香師・小川朔と、洋館で働く若宮一香を軸に進む長編。香りを通して人の秘密や欲望に触れていく構成で、千早茜の文章の繊細さと読みやすさがどちらもわかりやすい。最初の一冊として入りやすい。

感想と軽いあらすじはこちら

しろがねの葉(2022年、新潮社)

石見銀山を舞台にした歴史小説。千早茜の感覚的な文体が、土や火や銀の気配と結びついていて強い。直木賞受賞作で、作家としての代表作を一本挙げるならここになると思う。

クローゼット(2018年、新潮社)

夫のクローゼットに、女ものの服が入っていた——そこから始まる短編集。人が隠しているもの、秘密の形、欲望の手触りを静かに追っていく。踏み込みながら裁かない書き方が最初からよく出ていて、千早茜の感触をつかむのに向く。


シリーズものの読み方

小川朔シリーズ(2作)

透明な夜の香り

透明な夜の香り

千早茜 / 集英社 / 2021-04-05

赤い月の香り

赤い月の香り

千早茜 / 集英社 / 2023-07-05

香りを通して人の内側に触れていくシリーズ。静けさが魅力で、続けて読むと人物の見え方が少しずつ変わる。

  1. 透明な夜の香り(2020年、集英社)
  2. 赤い月の香り(2023年、集英社)— 続編。前作より少しドラマが強い。

『透明な夜の香り』感想はこちら
『赤い月の香り』感想はこちら

わるい食べものシリーズ(3冊)

小説ではなく食エッセイ。食べることへの執着や好みの偏りまで含めて書いていて、作家本人の感覚の細かさがよくわかる。

  1. わるい食べもの(2018年、集英社)
  2. しつこく わるい食べもの(2021年、集英社)
  3. こりずに わるい食べもの(2022年、集英社)

もっと読みたい人へ

男ともだち(2014年、文藝春秋) —— 友情とも恋愛とも言い切れない関係を書く長編。千早茜の恋愛小説を読むならまず候補に入る。

西洋菓子店プティ・フール(2016年、文藝春秋) —— 洋菓子店を舞台にした連作。食べものの描写が好きなら相性がいい。

ひきなみ(2021年、KADOKAWA) —— 家族や土地の記憶がじわじわ残る小説。華やかさよりも、時間の澱のようなものを読みたい人向け。


全作品一覧(時系列)

単行本・エッセイ・共著を中心に整理。文庫化情報は省略。

タイトル 出版社 備考
2009 魚神 集英社 デビュー作、泉鏡花文学賞受賞
2010 おとぎのかけら 新釈西洋童話集 集英社 短編集
2011 からまる 角川書店 短編集
2011 あやかし草子 みやこのおはなし 徳間書店
2012 森の家 講談社
2013 桜の首飾り 実業之日本社 短編集
2013 あとかた 新潮社 島清恋愛文学賞受賞
2013 眠りの庭 角川書店
2014 男ともだち 文藝春秋
2016 西洋菓子店プティ・フール 文藝春秋
2016 夜に啼く鳥は KADOKAWA
2017 ガーデン 文藝春秋
2017 人形たちの白昼夢 PHP研究所 短編集
2018 クローゼット 新潮社
2018 正しい女たち 文藝春秋 短編集
2018 犬も食わない 新潮社 ※尾崎世界観との共著
2018 わるい食べもの 集英社 ※エッセイ
2019 神様の暇つぶし 文藝春秋
2019 さんかく 祥伝社
2020 透明な夜の香り 集英社 渡辺淳一文学賞受賞
2021 しつこく わるい食べもの 集英社 ※エッセイ
2021 ひきなみ KADOKAWA
2022 しろがねの葉 新潮社 直木賞受賞
2022 こりずに わるい食べもの 集英社 ※エッセイ
2023 赤い月の香り 集英社 小川朔シリーズ②
2023 マリエ 文藝春秋
2024 グリフィスの傷 集英社 短編集
2024 雷と走る 河出書房新社

どれから読むか迷ったら

千早茜は、物語の大きな仕掛けよりも、人の感覚や感情の微妙な揺れを読む作家だと思う。だから、何を最初に読むかで印象はけっこう変わる。

入りやすさでいくなら『透明な夜の香り』、代表作を押さえるなら『しろがねの葉』、人の秘密や欲望の手触りを読みたいなら『クローゼット』や『男ともだち』。気に入ったら、香りのシリーズと食エッセイまで広げると、千早茜という作家の輪郭が見えてくるはずだ。