魔王

魔王

伊坂幸太郎 / 講談社 / 2005-10-20

モダンタイムス(上)

モダンタイムス(上)

伊坂幸太郎 / 講談社 / 2008-10-15

モダンタイムス(下)

モダンタイムス(下)

伊坂幸太郎 / 講談社 / 2008-10-15

あらすじ

『魔王』は、自分が思った言葉を相手に話させるような、不思議な力を持つ安藤と、その弟・潤也の物語だ。強い言葉が世の中を一つの方向へ押していく中で、安藤はその流れに違和感を抱き続ける。

『モダンタイムス』は、その違和感がもっと巨大で見えにくい仕組みへ広がっていく話だった。検索、監視、情報操作、理不尽な暴力。直接同じ人物の続きを追うというより、『魔王』で投げられた問いが別の形で増幅していく二作、という印象が強い。

『魔王』は「空気」に抗う話として相当怖い

『魔王』で強く残るのは、何か巨大な悪がはっきり見える怖さではない。むしろ、みんなが少しずつ同じ方向を向いていくことの怖さだ。

安藤は正しいことを大声で叫ぶタイプの主人公ではない。それでも、世の中の空気に対して「本当にそうなのか」と考え続ける。その姿勢が格好いいというより痛々しい。だからこそ印象に残る。

この作品は、うまくいかなさや、言葉だけでは止められない感じがずっとある。その割り切れなさが、そのまま作品の読後感にもなっている。

安藤と潤也の兄弟の距離がいい

この二作は社会の話として読めるが、最後まで人の話として読めるのは兄弟の関係が芯にあるからだと思う。理屈で押し返せないものに向き合う安藤と、その背中を少し離れた場所から受け取る潤也。この距離感がいい。

受け渡されるのは能力ではなく、「考えろ」という言葉の方だった。兄が最後まで手放さなかったその姿勢が、弟へ、そして続編の主人公へと流れ込んでいく。テーマが重くても人物への関心が切れないのは、この受け渡しに体温があるからだと思う。

『モダンタイムス』は別の方向にもっと嫌な怖さがある

『モダンタイムス』まで読むと、『魔王』で感じた不穏さがもっと具体的で、もっと逃げ場のないものとして見えてくる。検索や監視の話になることで、空気の怖さが「仕組み」の怖さに変わる。

とくに嫌なのは、巨大なシステムが相手だと、何に抗えばいいのかが見えにくくなるところだ。検索すれば真実に近づけると思っていたものが、むしろ考える力を鈍らせる側にも回る。その感覚が生々しい。

『魔王』が言葉と空気の話だとすれば、『モダンタイムス』は情報と仕組みの話だと思う。つながってはいるが、同じことを繰り返している感じではない。別の角度から同じ不安を掘り下げている。

門脇がいることで抽象論で終わらない

『モダンタイムス』には、社会システムの怖さとは別に、人物そのものの理不尽さがある。門脇みたいな存在が入ることで、思想や情報の話が急に生身の恐怖になる。

あの人物は、理屈で説明できる悪ではない。だから読んでいて疲れるし、でも強く印象に残る。検索社会や情報操作の怖さだけだと少し抽象的になりがちなところを、門脇が一気に現実の痛みに変えてしまう。門脇がいると、途端に体が重くなる。そして門脇の終わりも、システムや論理の話ではない。思いがけない場所から、思いがけないものが来る。あそこだけが、唯一体の力が抜ける瞬間だった。

いま読むとむしろ距離が近い

刊行当時より、いまのほうが距離が近く感じる人も多いと思う。情報が多すぎること、誰かの言葉が簡単に増幅されること、仕組みが見えないまま人が動かされること。そのどれもが今の感覚と重なる。ジョージ・オーウェルの「1984年」とも通ずる部分がある。

だからこそ、読後に答えが出るというより、「自分はどこまで自分の頭で考えているのか」少し不安にさせる。エンタメとして読めるのに、読み終えると現実の空気まで少し重く見えてくる。それがこの二作のいちばん怖いところかもしれない。

読み終えて残るもの

読み終えてしばらく経っても、「自分はどこまで自分の頭で考えているか」という問いが、ふとした瞬間に戻ってくる。本の話として完結しない読後感、とでも言うか。

安藤が「考えろ」と念じ続けた理由が、ずっと自分の問題として残っている。正しく怒れているか、流されていないか。伊坂幸太郎作品の中でも、閉じた後の居心地の悪さがいちばん長く続く二冊だった。

どんな人に向くか

答えが出なくても考え続けることが苦じゃない人には、よく合うと思う。すっきり終わりたい夜には向かない。

最後に

『魔王』と『モダンタイムス』は、伊坂幸太郎が「流される社会」と「考える個人」をまっすぐ書いた二作だった。

『魔王』だけでも強いし、『モダンタイムス』だけでも読める。でも並べて読むと、空気の怖さが仕組みの怖さへつながっていく感じがよくわかる。

「勇気はあるか?」という問いが、作中で何度か出てくる。特別な能力がなくても、強い言葉に流されないための思考を持ち続けることができるか。読み終えた後も、その問いだけが残り続ける。