ありか

ありか

瀬尾まいこ / 水鈴社 / 2025-04-18

あらすじ

『ありか』は、シングルマザーの飯塚美空と、娘のひかりの一年を描いた小説だ。美空は化粧品工場でパートとして働きながら、幼稚園の年長組になったひかりと二人で暮らしている。

そこに毎週水曜日やってくるのが、元夫の弟である颯斗だ。離婚した相手の弟という少し説明しにくい関係だが、颯斗はひかりの迎えや夕食づくりを手伝い、美空とひかりの生活に自然に入り込んでいる。血縁だけでは言い切れない、でも確かに家族に近い時間がそこにある。

物語は、春、夏、秋、晩秋、冬へと季節を進めながら、ひかりの成長と美空の毎日を追っていく。幼稚園の行事、ランドセル選び、工場での仕事、ママ友との出会い。大きな事件で引っ張るというより、生活の中の小さな出来事が積み重なっていく。

一方で、美空には実母との重い関係がある。お金を要求され、過去の言葉に縛られ、自分の子育てにもその影が差してくる。ほっこりする場面が多い作品だが、美空が何から自由になろうとしているのかも、読み進めるほどはっきりしてくる。

ひかんぽで完全に笑った

ひかりが本当にかわいい。食べることが好きで、言葉の出方がまっすぐで、子供だからこその純粋さがそのまま場面を明るくしてくれる。

中でも「ひかんぽ」の話は個人的にかなり好きだった。こういう、本人は真剣なのに周りからするとクスッと笑ってしまうエピソードが、作中にいくつもある。ひかりの無邪気さは、ただ癒やし要員として置かれているわけではない。美空が踏ん張る理由そのものになっている。

読んでいる最中、母と娘の二人暮らしの話として、ずっと日常の温度がある。ハンバーグ、スパゲッティ、ドーナツ。ひかりの好きなものが並ぶことで、生活感が醸成され、物語が実際に動いている様子が伝わってくる。

心温まる話がたくさんある。ほっこりしたい方に合いそう、とメモには書いていたけれど、読み返すとそれだけでもない。笑える場面があるからこそ、美空が抱えているものの重さにも読者として向き合うことができる。

美空も一年かけて成長していく

ひかりが春夏秋冬をかけて成長する中で、母である美空もまた成長していく。ここが読んでいて一番インパクトが大きかった。

美空は、自分の子供時代を思い出しながら子育てをしている。母から受け取った言葉や態度が、ひかりに向き合うときに顔を出す。親になったから急に全部わかる、という話ではない。むしろ親になったことで、過去の痛みが別の形で浮かんでくる。

ただ、美空は一人きりではない。颯斗がいる。三池さんがいる。宮崎さんがいる。てか、出てくる人みんないい人すぎる。やさしさが都合よく配置されていると言えばそうかもしれない。現実には、もっと厳しい生活を送っている人がいるのだろうと簡単に想像できる。ただ、自分はそこを疑うより、こういう人たちが美空のそばにいてくれてよかったと思いながら読んでいた。

美空が少しずつ、自分にとって大事なものを芯に据えて生きていく覚悟を決める。その変化が微笑ましい。ひかりを守るだけではなく、美空自身も自分の生活を取り戻していく話だった。

お年玉の貯金で自分の家を思い出した

読みながら、自分の子供時代を思い出した。作中後半に、親がお年玉を貯金しておくエピソードが出てくる。実は自分はお年玉を中学生の時に全額引き出して浪費していた。

今考えると、親は将来のためを思って貯金してくれていたんだと思う。当時はそんなことまで考えていなかったし、手元にお金が来たら使いたいだけだった。まあ中学生なので仕方ない。

でも、この本を読んでいると、親が子供にしている小さな行為の中に、あとから意味が立ち上がってくる瞬間がある。美空の場合は、自分の母との関係が苦しいからこそ、「親がしてくれたこと」を単純に感謝へ変換できない。その複雑さも含めて、子育ての話として残った。

親子の話は、きれいにまとめようとするとすぐ嘘っぽくなる。『ありか』はそこを、食卓や行事やお金のやりとりの中に置いている。だから、自分の記憶まで勝手に引っ張り出された。

誰かを笑わせる存在意義

この本で一貫して残ったのは、自分以外の誰かを救うことだった。

"ひかりのこと幸せにしてるじゃん。誰かを笑わせるって、誰でもいいから自分以外の人を救えるって、一番存在意義があることだと思う。" ——『ありか』229ページ、颯斗の台詞

この言葉が、かなりまっすぐ来た。誰かを助けられる、救えることは当たり前ではないんだなあ、と読みながら何度も思った。美空は自分のことで精一杯だし、生活にも余裕があるわけではない。それでもひかりを笑わせている。ひかりの今日を守っている。

颯斗も同じだ。毎週水曜日に来ることは、派手な善行ではない。でも、その日があるだけで美空は息をつける。ひかりにとっても、颯斗はただの親戚では収まらない人になっていく。

もう一つ、冬の場面の言葉も好きだった。

"何枚撮っても、写真は目の前の輝きを収めてはくれない。ここで見られる光は今しかないのだ。" ——『ありか』259ページ、美空の言葉

ひかりの成長も、美空の変化も、颯斗と三人で過ごす時間も、全部その瞬間にしかない。写真に残したくなるほど大事だけど、写真には入りきらない。そこにこの小説の温かさがある。

『ありか』は、母と娘の生活を描いた日常の作品だった。血のつながりだけではなく、その人のそばにいようとする気持ちが家族の形を作っていく。同じように家族の形を考える小説なら、『水を縫う』感想と軽いあらすじ と並べて思い出したくなる。