PRIZE―プライズ―

PRIZE―プライズ―

村山由佳 / 文藝春秋 / 2025-01-08

あらすじ

売れっ子作家の天羽カインは、ベストセラーも映像化も経験している。それでも直木賞だけが獲れない。その一点に取り憑かれたまま、新作で賞を獲ることに全身を使い始める。

彼女に深く関わるのが、南十字書房の編集者・緒沢千紘だ。原稿の相談だけではなく、移動や生活の細かい段取りまで引き受けるうちに、二人の距離は担当編集者と作家の線を越えていく。もう一人の担当である藤崎新や、直木賞の実務を担う石田三成も巻き込みながら、話は出版業界のきわどいところまで入っていく。

前半は、カインが直木賞を欲しがる熱量と、それに千紘が引っ張られていく流れが中心だ。後半に入ると、賞をめぐる焦りだけでは済まなくなり、作家と編集者の関係そのものが別の段階へ滑っていく。結末を伏せて言うなら、直木賞小説というより、承認欲求と共依存の小説だった。

直木賞がほしい、その一言でここまで暴れる

この本のいちばん好きなところは、天羽カインが最初から最後まで「直木賞が欲しい」という一点においてまったくぶれないことだ。認められたい。たったそれだけの欲で、ここまで話を押し切るのかと笑ってしまうくらい一直線で、でも笑っている場合ではなくなる。

"私は今、物事を決める権限のある人に話してるんだから" ——『PRIZE―プライズ―』24ページ 天羽カインの台詞

カインは面倒な作家だし、小説のモンスターペアレンツと呼びたくなる瞬間も多い。ただ、賞がほしいという欲をここまでむき出しにされると、途中から他人事ではなくなる。作家の話を読んでいるはずが、「一個人として認められたい」という普遍的な承認欲求まで引きずられていく。そこから目が離せなくなった。

編集者と作家の距離が壊れていく

もっと面白かったのはカインと千紘の距離の壊れ方だ。適切な距離を保てていない。普通に考えれば危うい。けれど、その危うさの中で成果が出てしまうと、外から簡単には否定しにくい。

カインに振り回されながら、千紘もまた自分の役割をどんどん広げていく。生活の補助まで請け負い、秘密まで共有し、仕事だけでは説明できないところまで入り込んでいく。その流れを見ていると、共依存と呼ぶしかない。それが二人にとっていちばん自然に機能してしまっているのがやっかいだ。

ここは少し、『イン・ザ・メガチャーチ』感想と軽いあらすじ を読んだときの気分に近かった。外から危うく見えても、当人たちの中ではちゃんと理由がある。しかもその関係が、実際に結果を出してしまう。そういう形を完全には切り捨てられないところが、この本の後味を複雑にしている。

正直に言うと、途中で性の問題が前に出てきたときは少し戸惑った。二人の関係を深めるための秘密の共有として、これしかなかったのか、という疑問は残っている。そこは今でもきれいには飲み込めていない。

作中作との繋がり

後半で作中作の『テセウスは歌う』が立ち上がってくるあたりから、文章の熱量が一段変わる。作中作のタイトル「テセウスは歌う」は、全ての部品が入れ替わっても同じ船かを問う「テセウスの船」から来ている。 賞のために自分を変え続けるカインが、それでも同じカインでいられるかという問いと、テセウスは重なってくる。文末の余韻の含ませ方を作中作だけでなく、実際に自分が読み進める本の中にも散りばめられており、意識してギアを上げてきたように読めたし、それが魅力をさらに引き上げていた。

呪いみたいな言葉が、ずっと残る

好きだったのは、天羽カインの感情表現の豊かさだ。

"所有するすべてのカードの磁気が駄目になる呪いにかかればいいのに" ——『PRIZE―プライズ―』84ページ 天羽カインの独白

この言い方ひとつで、カインの怒りや幼さや執着がまとめて出ている。派手な台詞ではないが、なんとなく自分も思ったことがあるような気がして、親近感が湧いたし、強烈なメッセージなので妙に頭に残った。確かにクレジットカードが全部使えなくなったら困る。

"許したわけじゃない。……許さない。" ——『PRIZE―プライズ―』328、381ページ

ここも作中作のオマージュのセリフだが、こういう言葉があるから、カインの人生や欲望が自分とかけ離れていても、読んでいるこちらの心が激しく揺さぶられる。 そのような経験をもたらしてくれたこの作品は、作中でも語られている通り「真に普遍性を持つ」小説なのだろう。

『正欲』感想と軽いあらすじ も、自分から遠い欲や孤独を読まされる本だったが、『PRIZE―プライズ―』はもっと露骨に承認欲求へ向かっている。人に認められたい、賞がほしい、その欲をここまでむき出しにしたまま走り切る小説は、そう多くない。