探偵小石は恋しない

探偵小石は恋しない

森バジル / 小学館 / 2025-09-18

あらすじ

小石探偵事務所の代表・小石は、人の恋心が「赤い矢印」として見える。ただし本人は恋愛が嫌いで、やりたいのは本格的な推理案件だ。ところが事務所に来る依頼は、不倫や浮気の調査ばかり。助手の蓮杖と事務員バイトの雛未と一緒に、今日も色恋案件を片づけていく。

最初に持ち込まれるのは、高校生の佐藤澪からの依頼だ。父親の不倫を調べてほしい。さらに恋人の調査まで続いて、小石探偵事務所は相変わらず恋愛の後始末に振り回される。

その後も、夫婦間の不信やアイドルへの脅迫といった依頼が重なっていく。表向きは別々の案件に見えるが、読み進めると別の事件の輪郭がじわじわ前に出てくる。恋愛ミステリとして始まるが、後半は想像よりずっと大きい話になっていく。

蓮杖くん、頼もしすぎる

読み終えて最初に出た感想はこれだった。蓮杖くん、頼もしすぎる。小石が前へ出るタイプだから目立つのは当然だが、実務、報告書、聞き取り、状況整理まで全部きっちり支えていて、気づけばいちばん安心して見ていられるのが蓮杖だった。

小石のキャラはかなり立っている。恋情が見える、恋愛嫌い、それでいて色恋案件に病的に強い。ただ、その小石が自由に動けるのは、蓮杖が後ろで全部つないでいるからだと思う。読みながら何度も「MVPは君だ」と思った。

小石と蓮杖がいてこそ「小石探偵事務所」になっている感じも出ていた。そこが好きだった。

不倫調査から別の事件に変わるところで一気に掴まれた

前半は、不倫調査や恋愛の誤解をほどいていく話として普通に面白い。小石に見える赤い矢印という設定も効いていて、恋愛の調査でありながら推理として読める。

でも、この本がぐっと面白くなるのは、その恋愛案件の裏に別の事件が浮かび上がってからだ。最初に積んでいたものが、後半できれいに別の意味を持ち始める。不倫調査、現実の傷害事件、過去の事件、そこから最後の全容へ、という流れが思った以上に多層的で、ページを戻して確認すること間違いなしだ。

しかも謎解きだけで閉じず、恋愛の感情線がそのまま真相の手がかりになっている。ミステリとして気持ちいい終わり方だった。

「恋は単純接触効果が九割」が全部につながっていく

自分は、ミステリ要素より恋愛要素の流れを見ているほうが少し好きだった。不倫調査がそもそも恋愛の調査だし、依頼人たちの関係も、過去の人物たちの関係も、片矢や藍沢の感情も、最後は全部そこにつながっていく。

"恋は単純接触効果が九割" ——『探偵小石は恋しない』8ページ 小石の台詞

小石は恋愛を嫌っていても、その仕組みを誰よりも読めてしまう。そこがこのキャラの面白さでもあり、少し可哀想なところでもある。藍沢が照屋を助けようとして推理を披露する場面も、失敗まで含めて愛に溢れていたし、それが最終的に相手の感情を少しずつほどいていく。

恋愛要素だけ抜き出すと軽く見えそうなのに、この本ではむしろ逆で、人を好きになることの偏りや思い込みや執着が、事件の骨組みそのものになっている。

要素がこれだけあって、散らからないのがすごい

この本、要素だけ見るとかなり多い。恋愛、探偵、不倫調査、過去の事件、インフルエンサー、アイドル脅迫、警察。普通なら散らかりそうだが、最後まで物語が締まっていた。

大きかったのは、登場人物が結果的にちゃんと絞られていることだと思う。雛未がなぜ記憶を研究しているのか、ギャルで偏見を気にしながら自分も偏見を持っているところ、藍沢の行動が二回とも失敗に終わることまで、設定の置き方が細かい。細かいが無駄打ちにならず、全部あとからボディブローのように効いてくる。

"先入観って、ようは無意識のうちの確率計算だよね" ——『探偵小石は恋しない』168ページ 小石の台詞

ただ、まだ気になる点はある。一吾は結局どこへ行ったのか。片矢は過去でもう少し知りたかった。このへんの引っかかりは残る。 おそらく続きは出ないだろうが、小石ワールドが出来上がっているので、もし続編が出ればそれも面白いのは確定だろう。

恋愛とミステリを絡めて、散らしたものをちゃんと全部拾い直してくる。これは名作だ、と思ったし、読み終えたあと素直に満足した。