法廷占拠 爆弾2

法廷占拠 爆弾2

呉勝浩 / 講談社 / 2024-07-11

あらすじ

『爆弾』の連続爆破事件から一年後。スズキタゴサクの裁判が行われている法廷で、遺族席にいた青年・柴咲が拳銃を手に立ち上がる。法廷には約100人の人質がいて、その様子は全国に生配信されてしまう。柴咲は「これからしばらくぼくのゲームに付き合ってもらいます」と宣言する。

籠城犯・柴咲、警察、そして被告人のスズキタゴサク。三つ巴の騙し合いがその場で始まり、警察側では交渉人の高東が前面に出る。特殊犯係の類家や法廷にいた倖田も動き出し、法廷の外でも別の火種が広がっていく。

取調室から法廷へ——今回は人の目が多すぎて怖い

前作 『爆弾』感想と軽いあらすじ は、取調室で清宮、類家、タゴサクが向かい合う会話劇だった。あれはあれで、閉鎖空間での戦いの緊張感があった。今回は法廷に舞台が移り、しかも生配信までついているので、規模がだいぶ大きくなったと感じる。

取調室では相手の表情だけが見える形式だったが、今回は傍聴席、人質、警察本部、配信の向こう側の世論まで一度に入ってくる。ページを開くたびに視点が切り替わり、法廷の中より外のほうが先に爆発しそうな気配がある。実際、法廷の外では猿橋がアパートに仕掛けられた爆弾処理に走っていて、視線が切り替わるたびに別の場面の時計も進んでいく。前作は部屋から出ない話だったが、今作は人の目に常に晒されながら進んでいく。

今作の恐怖は、柴咲が視聴者数(同接数)を人質の生死や制裁の条件に利用している点にある。視聴者が熱狂し、コメント欄が盛り上がるほど、法廷内での『制裁』は過激さを増していく。画面の向こう側でエンターテインメントとして事件を消費する『観客』の存在そのものが、柴咲の凶行を加速させるガソリンとなっている構造は、現代社会の危うさを痛烈に描いていた。

柴咲と啓一——ほぼ完璧にやり遂げた友情

柴咲は犯人だし、やっていることは取り返しがつかない。それでも読みながらずっと、この男を単なる悪役とは思えなかった。ここまでの占拠をやり遂げるのに、どれだけの準備と覚悟が必要だったのかは想像がつく。

"いっそ、悪に徹してみないか?" ——『法廷占拠 爆弾2』12ページ 柴咲の発言より

柴咲は法廷で、視聴者に向けて『古代法』の講義を始める。彼はハムラビ法典の『目には目を』という同害報復こそが、現代の複雑で甘い法律よりも公平であると説く。『六法全書という膨大な紙の束が、社会の最下層にいる自分たちを救ったことがあるか』。 彼の理路整然とした、しかし絶望に満ちた法哲学は、配信画面を通じて多くの視聴者の心を、恐ろしいスピードで侵食していった。

しかもその根っこにあるのが友人の啓一のためだと見えてくると、法廷の中でやっていることの無茶さと、動機のまっすぐさが噛み合わなくて胸が痛くなる。柴咲の背後には、父親の不祥事で借金を背負わされ、まともな機会を次々失ってきた事情がある。ただの個人的な恨みではなく、最初から踏み外しやすい場所に押し込まれてきた人間の怒りがあるから、啓一のためにここまでやる執念も一段きつく見えた。

きつかったのは、啓一が最後に柴咲の無事を確認する場面だ。やり切った最後に出てくるのがその確認かと思うと流石に辛い。柴咲はほぼ完璧に自分の役目を果たした。それだけに、着地が残念な形になったことも余計に痛い。ノッペリアンズの謎もまだ残っていて、柴咲と啓一の話は終わったが、物語の奥ではまだ何か動いていそうだ。

倖田と伊勢——次への布石が痛い

今回の倖田は、マジで可哀想だった。特殊犯入りがようやく現実になっていく流れ自体は期待が高まるが、その途中で背負わされるものが重すぎた。事件の大きさに飲み込まれながらも、自分の立ち位置がフラフラしている。今作でようやく意思が固まりそうだが、今まで作者にいいように使われているなと感じてきたキャラだ。 倖田が抱える苦悩は、単なる人質としての恐怖だけではない。彼女は過去の爆破事件の被害者でありながら、警察官として『自分を傷つけたスズキタゴサクを護る』という矛盾した任務を背負わされている。 柴咲に殴られるスズキを見て、心の底で『間違いなく、スズキを(身代わりの標的に)差し出す』という誘惑に駆られる自分に絶望し、自己嫌悪に陥る彼女の内面描写は、本作で最も人間臭く、重苦しい部分だった。

その中で伊勢がいい仕事をしたのも大きい。前作ではタゴサクに食われてしまった伊勢だが、今回は倖田が前を向くために必要な場面をちゃんと引き受けていた。伊勢も含めて次回作は期待大だ。同じく前作に登場した矢吹も、伊勢の仕事に気づき、類家からファインプレー認定されていたのも良かった。前作の等々力刑事と近い立ち回りだったと思う。

高東という交渉人が入って、シリーズの座組が固まった

前作では、清宮から類家へ重心が移ることで物語の温度が一段変わった。今回はその並びに、高東という交渉人が前線に入ってくる。法廷占拠という状況そのものも厄介なのに、高東がいることで警察側の打ち手が単調にならず、類家とも別の頭の使い方が見える。

清宮はタゴサクとの対峙で心身ともにすり減ってしまったが、今回はVS タゴサクというよりもVS 柴咲だったため、前回ほど削られなかったのかもしれない。

高東個人を好きになるというより、「この人が次もいるならかなり面白い」と思わされた。類家の上司としてもしっかり立っているし、管理室とのやりとりを見ていてもかなり頼りになる。爆弾シリーズは前作の時点でも十分良かったが、今回は主要人物が並び始めて、シリーズものとしての土台が一気に厚くなった。

スズキタゴサク、傑物

裁判中の被告人なのに、タゴサクは法廷占拠の混乱の中でもずっと自分のターンを作ってしまう。類家の名前を聞いた瞬間に、捜査の手口まで含めて先を読み、そこから逃亡計画まで立てていく頭の回転はやはり異常だ。今回も「この男は化け物だ」と認めるしかなかった。

完璧に場を支配していたはずの柴咲ですら、最後にはスズキタゴサクという本物の怪物に飲み込まれてしまう。配信が終了する直前、血まみれの顔で満面の笑みを浮かべ、柴咲に抱きついたスズキの姿は、どちらが真の捕食者であったかを残酷に物語っている。 緻密な計画を嘲笑うかのようなスズキの『底なしの悪意』は、読み終わった後も消えない不気味な余韻を残す。

前作 『爆弾』感想と軽いあらすじ で、取調室では失うものがない人間が最強だった。それが、今回は法廷という公開空間でもそのまま通用してしまう。しかも口が回るだけではなく、仲間割れまで助長できる。そのたびに、タゴサクの背景も含めて謎しかないことを思い出す。名前も詳細もろくに明かされないまま、本2冊分の場を持っていく敵役は見たことがないかもしれない。次も一人で暴れるのだろうが、類家と倖田がそこにどう食らいつくのかを早く見たい。

シリーズの土台が固まった一冊

『法廷占拠』は、前作の続編でもありながら、爆弾シリーズを「シリーズ」として立ち上げた一冊だった。取調室の密室劇だった前作に対して、今回は法廷、人質、生配信、交渉人、警察内部と、動く要素が増えている。そのぶん話が散るかと思ったが、むしろ人物が前作からつながっていき、次回への伏線がくっきりした。

以下は作中で気に入ったセリフだ。

"社会が壊れたら困る。壊れないほうが良い。最下層の間にこそそれを伝えなくてはいけなかった" ——『法廷占拠 爆弾2』220ページ 柴咲の発言より

最後に、高東が類家の情報提供者を清宮と見ていたのは納得はできる。ただ、自分はおそらく等々力ではないかと読んだ。前作からの流れを考えると、等々力がまだ別の形でつながっていてもおかしくない。そういう読みをしたくなる時点で、もう次の作品を待つ側に回っている。前作の密室劇を気に入ったなら、『爆弾』感想と軽いあらすじ と続けて読む価値はかなり大きい。