
爆弾
あらすじ
自称・スズキタゴサクという冴えない男が取調室で「10時に爆発があります」と告げる。直後、本当に秋葉原の廃ビルが爆発する。
爆破はまだ続くというタゴサクから、警視庁特殊犯係の類家は情報を引き出そうとする。だがそのやり取りは、単なる事情聴取というより、言葉による知能戦になっていく。東京で爆発が続く中、正義や悪意の輪郭まで揺らぎ始めるサスペンスだった。
取調室だけで、ずっと追い詰められていく
この小説を読んでまず思ったのは、会話だけで息が詰まるような感覚があるということだった。
派手なアクションや現場描写がなくても、取調室のやり取りだけでこんなに緊張感を維持できるのかと驚く。タゴサクが何を知っていて、どこまで本気なのか、どこまでが誘導なのか、その見極めがずっと続く。
しかも類家との応酬は、単に頭脳戦として面白いだけではない。言葉の端々から、人間観や社会観までにじむ。だから会話劇でありながら、閉じた感じがしない。外で起きている爆発と、室内の対話が少しずつ同じ温度を帯びてくる。
「悪意」を扱う小説として相当重い
『爆弾』はミステリーやサスペンスとして面白いが、この小説の怖さはそこにとどまらない。
むしろ怖いのは、タゴサクの言葉が完全な異常者の戯言として片づけられないところだ。歪んでいるし危険だ。ただ、どこかこちらの社会や人間の嫌な部分を映しているようにも見える。その嫌さがずっとつきまとう。たびたび登場するタゴサクの長いセリフも気持ち悪さを助長している部分がある。
読んでいて、正義の側に立っているはずの人たちも完全にはきれいではないと感じる場面がある。そこがこの小説の重さだ。勧善懲悪ではなく、もっと濁ったものを扱っている。
清宮が先にいるから、類家の怖さが立つ
最初に清宮がぶつかることで、こちらもタゴサクをどこか見くびってしまう。話が噛み合わない感じはあるのに、その噛み合わなさ自体をまだ事故のように読んでしまう。
そこに類家が出てくると、取調室の空気が一段階変わる。ただ相手が変わっただけではなく、タゴサクの底がこちらの想像より深いとわかってくる。清宮で油断させてから類家戦に入る順番が、物語にボリュームと展開の変化をもたらしていた。
類家は、ただの優秀な刑事ではない
類家は、事件を追う側の人物として印象深い。
超絶冷静で、頭が切れて、相手の言葉に飲まれない。こう書くと典型的な優秀刑事に見えるが、実際にはそれだけではない。完全にヒーローにしていないから、類家の言葉も別の重さで届いてくる。
タゴサクの異様さに対して、類家もまた別の意味で普通ではない。その少しずれた者同士が、取調室で向き合い続ける。その構図のまま最後まで読まされるし、どちらが追い詰めているのか途中から本当にわからなくなる。
会話だけで、取調室から出られなくなる
派手に場面が切り替わる話ではないが、ページをめくる手が止まりにくい。多くの時間を占めるのは言葉の応酬で、その一つ一つが情報戦になっていて、少しずつ空気が悪くなっていく。取調室の空気がそのまま本の外にまで滲んでくるような読み心地だった。
読んでいる側も、何が真実でどこまでが誘導なのかを考え続けることになる。その疲れる感じまで含めて、ずっと取調室から出られない感覚があった。
そしてもう一つ、終盤で効いてくる瞬間がある。類家が何気なく口にした言葉が、終盤でスズキ側から返ってくる。その一言で、それまでの対話全体が急に別の意味を帯びる。
失うものがない人間は、取調室で最強になる
この小説の怖さは、爆弾そのものよりスズキタゴサクの立ち方にある。ホームレスで、もう失うものがない。その無敵さがあるせいで、取調室で追い詰めるはずの側が逆に足元を崩されていく。
しかもタゴサクは、自分の無価値を証明するみたいに動く。その異様さに、頭の回転の速さと狡猾さが混ざっている。犯人像が単なる怪物で終わらないから、社会の歪みを映す鏡のようにも見えてしまう。だから読後に残るのは恐怖だけではなく、こいつに言い返せる言葉が自分にあるかという問いだった。
スズキと同じ側にいるはずの等々力が、最後に違う景色を見せる
読んでいて印象に残ったのは、最初にタゴサクの取り調べを担当した等々力刑事の置き方だった。タゴサクが無価値とか不幸を口にするとき、等々力もまたきれいな場所にいる人物ではない。
それでも、同じような場所から別の結論に向かう人間がいると見せられると、タゴサクの言葉をそのまま真実として受け取りにくくなる。最後にこの対比が入ることで、読後の景色が少し変わった。
爽快感より先に、嫌なものがのしかかってくる
本を閉じた後、爽快感より先に嫌な空気がまとわりついてきた。
ただ、その嫌さが雑ではない。現代の空気や集団心理、正義の危うさみたいなものが、エンタメのかたちを取りながらじわじわ染みてくる。だから読後に「面白かった」で終わらず、少し考え込む。
映画化しやすそうな題材ではあるが、個人的にはまず小説として読む価値が大きいと感じた。言葉そのものの圧が、この作品の肝だからだ。
引っかかりも残る
細野ゆかりのエピソードは、正直なくても成立した気がする。次作への布石かもしれないが、この一冊の中では少し浮いて見えた。
警察内部の序列争いも、物語を直接動かしたかというと少し迷う。ただ、鶴久のキャリアや倖田たちの手柄争いには、この先にも続きそうな気配がある。そういう引っかかりごと含めて、シリーズの入口として読ませる本なのかもしれない。
まとめ
呉勝浩『爆弾』は、取調室の会話と東京の連続爆破を軸にしながら、悪意と正義の輪郭そのものを揺さぶってくるサスペンスだった。
清宮で油断させ、類家で追い詰め、スズキが暴れる。取調室の中だけでここまでやれるのかと思ったし、その順番まで含めて頭に残り続ける一冊だった。



