芥川賞受賞作、どこから読むか迷ったら
芥川賞は、年に2回発表される純文学の新人賞で、発表のたびにニュースになる。ただ、話題になった本がそのまま自分に合うとは限らない。このまとめでは、実際に読んで、ページを閉じてからも考えが止まりにくかった作品だけを5冊に絞った。
芥川賞受賞作は重そうに見える本も多いが、入り口はそれぞれかなり違う。今回は知名度の高い作品から入りつつ、最後にいちばん新しい受賞作へ向かう流れで並べている。
1.『コンビニ人間』村田沙耶香——社会の「普通」に浄化されていく人の話

コンビニ人間
36歳、コンビニバイト18年目の古倉恵子が、店員としてなら社会とつながれる一方で、周囲から「普通」に戻されそうになる話だ。短い本なのに、会話のたびに矯正の圧が見えてきて、読んでいるこちらまで息が浅くなる。
古倉を外から眺めるより先に、古倉の側から周囲の人たちを見てしまう時間が長かった。読了後もしばらく、コンビニの蛍光灯の白さとレジの音がまとまって頭に浮かぶ。
2.『推し、燃ゆ』宇佐見りん——「推し」を背骨にして立つ危うさ

推し、燃ゆ
推しの炎上をきっかけに、高校生のあかりの日常が崩れていく話だ。題材だけ見ると今っぽい小説に見えるが、読んでいると中心にあるのは、他者に寄りかかって立っている人の切実さだった。
「推し」が背骨になるという感覚が、比喩ではなく体の話として迫ってくる。ページ数は多くないのに、読み終えた直後はスマホを見る気にもならず、あかりの足元の危うさばかり考えていた。
3.『火花』又吉直樹——芸人の生き方を文学として読む
若手芸人の徳永が、先輩芸人の神谷に惹かれ、その背中を追いながらお笑いの世界を生きていく話だ。芸人小説として入れるのに、読み進めるほど、笑いより先に生き方そのものの不器用さが前に出てくる。
神谷の言葉や立ち方はめんどうで、危うくて、でも目が離しにくい。成功や失敗で単純に切れない時間を見せられて、芸人の話というより、一人の人間の選び方を読んだ気分になった。
4.『蹴りたい背中』綿矢りさ——近づきたいのに近づけない、思春期の距離感
高校生のハツと、クラスで少し浮いた存在のにな川との距離が、近づいたり離れたりしながら進む話だ。大きな事件は起きない。それでも、教室の空気と体の置き場のなさがひりひり伝わってくる。
思春期の孤独を大声で説明されるのではなく、視線や距離の取り方で感じさせる。そのせいで、自分にも覚えのある居心地の悪さが急に戻ってきて、読みながら肩に力が入った。
5.『ハンチバック』市川沙央——身体から発される怒りの切れ味
重度障害があり、施設で暮らす井沢釈華が、自分の身体と性と社会への視線を言葉にしていく話だ。短い作品の中に、抑え込まれてきた怒りと欲望が何度も鋭く差し込んでくる。
きれいに理解したつもりで読むとすぐに振り落とされる。文章に触れるたびに、こちらが無意識に持っていた遠慮や決めつけのほうを見返すことになって、読み終えたあとはしばらく席を立てなかった。
この5冊に共通していること
この5冊に共通しているのは、社会の「普通」から少しはみ出した人の話でありながら、その人たちを眺めるだけで終わらないことだ。読んでいるうちに、普通の側にいるつもりの自分の見方や線引きのほうが揺らぎ始める。
芥川賞受賞作をどこから読むか迷ったら、まずはこういう揺さぶられ方がある本から入ると面白い。話題作として消費するより、読み終えたあとに少し黙っていたくなる本から手に取ってみてほしい。



