
赤い月の香り
あらすじ
『透明な夜の香り』 に続く、小川朔シリーズの続編。
カフェで働いていた朝倉満は、客として訪れた小川朔に誘われ、洋館で働くことになる。朔は並外れた嗅覚を持つ調香師で、依頼人の望みや執着を香りとして形にする仕事をしている。
洋館には今回も、強い欲望や秘密を抱えた人たちが訪れる。満がその仕事に関わるうちに、朔が自分をそこへ招いた理由も少しずつ見えてくる。前作の空気を受け継ぎつつ、より物語性の強い長編になっていた。
洋館の静けさより、人の関係が前に出てくる
前作『透明な夜の香り』は、連作としての静かなまとまりが魅力だった。
それに比べると、この『赤い月の香り』は少しドラマチックだ。香りの描写や依頼人の秘密に惹かれる面白さはそのままに、物語としての引っ張り方がわかりやすくなっている。続編として自然な広げ方だと思った。
前作が好きだった人の中には、静けさが少し薄れたと感じる人もいるかもしれない。でも個人的には、シリーズを前へ進める続編として自然だった。香りという題材だけではなく、人物同士の関係で読ませる力が増している。
香りをめぐる欲望の描き方がやはりうまい
千早茜の小説を読んでいると、感覚の中でも特に言葉にしにくいものを無理なく書いてしまうのがすごい。
この作品でも、香りは単なる雰囲気づくりではなく、人の欲望や執着と結びついている。好き、嫌い、怒り、執着、諦め。そういうものが香りとして立ち上がる感覚がある。
前作でも感じたことだが、このシリーズの面白さは「香りの説明」ではない。香りを通して、その人の奥にあるものが見えてしまうことの怖さにある。その怖さがあるから、洋館に集まる人たちのドラマがただの小話で終わらない。
語り手が変わることで見えるもの
今作で効いているのは、朝倉満という語り手の存在だ。
朔は相変わらず魅力的だが、本人の視点だけでは掴みにくい人物でもある。そこに満の視点が入ることで、読者は朔の輪郭を少しずつ外側から知っていくことになる。この距離感がちょうどよかった。
満自身も、ただの案内役ではない。彼自身が抱えているものや、朔との距離の詰まり方が物語にきちんと関わっている。
先に一作目を読んでおくと見え方が変わる
『透明な夜の香り』 を読んでいると、朔という人物の危うさや洋館の空気がすでに頭に入っているぶん、今作の見え方がだいぶ変わる。もちろんこの一冊だけでも読めるが、前作で張られていた静かな緊張が今作で少しずつ動き出す感じは、続けて読んだほうが強く味わえる。
朔という人物の見え方も変わる
前作では、朔はどこか完成された異形のようにも見えた。でも今作では、満との距離や周囲との関わりを通して、人に近づく瞬間が少し増える。その変化があることで、香りの物語だけでなく、朔を見る物語としても面白くなっていた。 前作から出ている若宮との関係も一読の価値ありだ。
品を崩さず、熱だけ少し上がっている
前作よりも少し熱があって、でも品のある読後感だった。香りや欲望を扱う話なので、題材だけ見るともっとどろどろした話にもできるはずだ。でも千早茜は、それを必要以上に刺激的にはしない。落ち着いた筆致のまま人の奥底を見せてくる。その整った温度がいい。
続編ものとして、世界観を壊さずにしっかり前に進んでいる一冊だった。 以降、新作は出ていないが、含みを持たせて今作で終わっているのも良い。1作目とどちらがいいと聞かれると個人的には1作目かな、と思う。
どんな人に向くか
前作 『透明な夜の香り』 が好きだった人にはもちろんおすすめだ。
加えて、感覚的な描写が好きな人、人の秘密や欲望にじわじわ触れていく物語が好きな人、関係性の変化をゆっくり追う小説が好きな人にも合う。
最後に
千早茜『赤い月の香り』は、前作の香りの世界観を引き継ぎながら、物語としての強度を一段上げた続編だった。
『透明な夜の香り』より少しドラマが強く、そのぶん読みやすい。シリーズものとしても、小説単体としても満足度の高い一冊だった。



