成瀬は天下を取りにいく

成瀬は天下を取りにいく

宮島未奈 / 新潮社 / 2023-03-17

あらすじ

滋賀県大津市に住む中学生・成瀬あかりは、閉店を控えた西武大津店に毎日通い、ローカル番組の中継に映ることを目指すと言い出す。

その後も、島崎みゆきとのお笑いコンビ「ゼゼカラ」でM-1に挑戦したり、高校の入学式に坊主頭で現れたり、「二百歳まで生きる」と言い切ったりと、成瀬は周囲の予想を軽々と飛び越えていく。幼なじみの島崎みゆきをはじめ、彼女の周囲にいる人たちは振り回されながらも、少しずつ成瀬の引力圏に巻き込まれていく。

2024年本屋大賞受賞作。「ありがとう西武大津店」を含む連作短編集でもある。第39回坪田譲治文学賞など、受賞歴の多さにも納得しやすい作品だった。

成瀬あかりという主人公が強すぎる

この小説の面白さは、大きな部分が成瀬あかりという主人公の強さに支えられている。

何か特別に劇的な事件が起き続けるわけではない。それでも読まされるのは、成瀬が「次は何を言い出すのか」が全く読めないからだと思う。ただし、突飛なだけではない。ゼゼカラでM-1に出ることも、二百歳まで生きると言い切ることも、本人の中ではちゃんと地続きだ。周囲にどう見られるかより、自分が納得できるかどうかを優先している。

こういう人物は、普通なら“変わった人”として距離を置かれがちだ。でも成瀬は、変わっているのに嫌味がない。むしろ読んでいるうちに、もっと見ていたくなる。そこがこの作品の一番強いところだと思う。

島崎みゆきの視点がちょうどいい

成瀬一人だけでは、この小説はここまで読みやすくならなかった気がする。

成瀬の幼なじみである島崎みゆきの視点が入ることで、読者はちゃんと地面に足をつけたまま物語を追える。成瀬の言動はしばしば突飛だが、島崎が半歩引いた位置からそれを見ているので、「すごい」と「おかしい」の両方を自然に受け取れる。

しかも島崎は、単なるツッコミ役ではない。成瀬を見守る側に見えて、実際には島崎自身の揺れや成長もきちんと描かれている。この二人の距離感がすごくいい。ただ仲がいい、ではなく、長く一緒にいた人間にしか出せない空気がある。

地元の風景がちゃんと作品の魅力になっている

この作品では、滋賀県大津市という土地の具体性がしっかり効いている。

閉店する西武大津店、ローカル番組、街の空気。そういう固有名詞や風景が、単なる舞台説明ではなく、物語の温度そのものになっている。地元を知っている人にはもちろん強く刺さるだろうし、知らなくても「この街にはこの街の時間が流れている」と感じられる。

地方を舞台にした小説は、題材によっては“地方らしさ”が記号で終わってしまうことがある。でも『成瀬は天下を取りにいく』は違っていた。作者がその場所に対して持っている愛着や観察の細かさが、そのまま作品の魅力になっている。

連作短編としての読みやすさ

本作は、成瀬の周囲にいるさまざまな人物の視点を通して進んでいく連作短編の形を取っている。

その構成のおかげで、成瀬という人物が一方向から固定されない。ある人には眩しく見え、ある人には変人に見え、ある人には少し羨ましく映る。その見え方のズレが、かえって成瀬の輪郭をはっきりさせている。

一話ごとの区切りがあるので読みやすいし、テンポもいい。ただ、短編集というよりは、読み終えるころには一人の人間の“成瀬あかり史”を読んだ感覚に近い。軽やかに読めるのに、読後にはちゃんと人物が残る。

元気が出るというより、息がしやすくなる

読んでいて、とにかく気持ちのいい小説だった。

成瀬は周囲に合わせて生きるタイプではないし、簡単に共感できる人物でもない。でも、だからこそ読んでいて息がしやすい。空気を読まないのではなく、空気に飲まれない。そういう強さがある。

しかも、この作品は成瀬を過剰に神格化しない。周囲の人たちはちゃんと戸惑うし、呆れるし、ときどき置いていかれる。そのバランスがあるから、成瀬の特別さだけが空回りしない。

読み終えた後は、元気が出るというより、「もっと自分のままでいていいのかもしれない」と少し思える。派手な感動作ではないが、じわじわ効くタイプの読後感だった。

どんな人におすすめか

特に合いそうなのは、青春小説が好きな人、ちょっと変わった強い主人公が出てくる話を読みたい人、そして地方の空気が生きている小説が好きな人。

逆に、起伏の激しいストーリーや大きな事件を求める人には、少し地味に見えるかもしれない。この作品の面白さは、事件の大きさではなく、成瀬あかりという人物を見ているだけで成立してしまうところにある。

まとめ

宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』は、成瀬あかりという強烈な主人公の魅力で一気に読ませる青春小説だった。

閉店する百貨店に通い続ける中学生、ゼゼカラでM-1を目指す少女、二百歳まで生きると言い切る高校生。字面だけ見るとだいぶ変なのに、読んでいると全部「成瀬ならやる」と思えてしまう。この納得感がすごい。

本屋大賞だけでなく、坪田譲治文学賞でも評価されたのもよくわかる。読みやすくて、笑えて、ちゃんと人物が残る。まだ読んでいないなら、一度は触れておいて損のない一冊だと思う。

成瀬のその後が気になったなら、続編の 『成瀬は信じた道をいく』感想と軽いあらすじ もそのまま続けて読むと面白い。さらにシリーズ完結編の 『成瀬は都を駆け抜ける』感想と軽いあらすじ まで読むと、成瀬あかりという人物の輪郭がよりはっきり見えてくる。