エヴァーグリーン・ゲーム

エヴァーグリーン・ゲーム

石井仁蔵 / ポプラ社 / 2023-11-08

あらすじ

チェスという頭脳スポーツに魅入られた4人の若者が、日本一を決めるチェスワングランプリへ向けてぶつかり合う物語。

難病を抱える少年、エリート高校生、全盲の少女、非行から更生した青年。それぞれが全く異なる場所からチェスと出会い、全く異なる理由でそこに賭けている。

単なる「大会を目指す青春もの」ではなく、4人それぞれの人生の切実さが、盤上の一手一手に乗っていく。第12回ポプラ社小説新人賞受賞作という肩書きに納得しやすい、まっすぐ熱い小説だった。

チェスを知らなくても読める

私もチェスのルールをほとんど知らない状態で読んだ。それでも問題なかった。

チェスの技術的な描写よりも、盤の前に座った人間同士の心理戦が中心に置かれている。「相手が何を考えているか」「どこで仕掛けるか」——その緊張感は、チェスの知識があろうとなかろうと、ちゃんと伝わってくる。

ルール説明に紙幅を使いすぎず、必要な場面でだけ勝負の意味を読者に渡してくれるので、置いていかれにくい。競技そのものの専門性より、「この一手に何を託しているのか」が見える作りになっている。スポーツ小説として読みやすい部類だと思う。

4人それぞれの重さ

この小説の肝は、4人の背景の重さにある。

難病を抱えていれば、チェスに費やせる時間に限りがある。全盲であれば、盤面の把握そのものが別次元の努力を要する。非行からの更生であれば、周囲の目線と戦いながら競技に向き合うことになる。

それぞれの「なぜチェスなのか」が丁寧に描かれているため、勝負の場面に余計な重みが乗る。ただの競技小説ではなく、各人物の人生がそこに賭けられている感覚がある。

この作品がうまいのは、4人を単なる“属性”で処理しないところだと思う。難病、全盲、更生といった強い設定は、それだけで物語を動かせてしまう。でもこの小説は、そこに甘えず、その人がどんなふうに負けたくないのか、何を守りたいのかを一人ずつ見せてくる。だから勝敗以上に、その人がどう盤に向かうかが気になってくる。

群像劇として読んでも面白い。主人公を一人に固定するより、複数の視点を往復することで「同じチェスでも、賭けているものはこんなに違う」という対比が際立っていた。

タイトルの意味がいい

「エヴァーグリーン・ゲーム」は、チェスに実際にある有名な一局の名前でもある。

19世紀にアドルフ・アンデルセンが指した名局で、現在でも「美しい攻めの棋譜」として語られることが多いらしい。タイトルを知った段階では単に格好いい英語に見えていたが、チェスの世界にそうした古典的な名勝負があるとわかると、この小説がただの青春小説ではなく、競技の歴史や憧れまで背負った作品なのだと伝わってくる。

そのうえで本作を読むと、「エヴァーグリーン」という言葉が持つ、色あせないもの、古びないものという響きも効いてくる。若い登場人物たちの未熟さや焦りを描きながら、盤上で生まれる一瞬の輝きには長く残る価値があるのだと示しているようで、題名の付け方がうまいと思った。

書名が先に意味を主張しすぎる作品もあるが、本作はむしろ逆で、読み進めるほど「ああ、こういう題名だったのか」と少しずつ納得できるタイプだった。

爽やかさと苦さが半分ずつ残る

読み終えた後、清々しさが残った。

重い設定を抱えた登場人物たちが、重さのまま終わらない。チェスという競技を通じて何かが変わる。その「変わり方」が、押しつけがましくなく描かれているのがいい。

感動させようという意図が透けて見えすぎると冷めてしまうが、この作品はそのぎりぎりを保っていた。過酷な事情を並べて読者を泣かせにいくのではなく、それでもなお盤に向かう意志のほうを見せる。その姿勢が好感触だった。

後味としては、爽やかさと苦さが半分ずつ残る。すべてがきれいに解決する話ではないからこそ、青春小説として変に軽くならない。そのバランスが良かった。

どんな人におすすめか

特に合いそうなのは、スポーツ青春小説が好きな人、将棋や囲碁のような勝負の駆け引きを読むのが好きな人、そして複数の登場人物の人生が交差する群像劇を読みたい人。

逆に、チェスの戦術を細かく学びたい人には少し方向が違うかもしれない。この本の中心にあるのは競技解説ではなく、「その人がなぜ勝ちたいのか」という切実さのほうだ。

まとめ

石井仁蔵『エヴァーグリーン・ゲーム』は、チェスを題材にしながら、実際には4人の青春と人生のぶつかり合いを描いた小説だった。

チェスに興味がある人はもちろん、競技そのものより人物の熱量を読みたい人にもすすめやすい。364ページとそれなりに厚みはあるが、後半に入るほどテンポが上がるので、気づけば一気に読んでいるタイプの一冊だと思う。