かがみの孤城 上

かがみの孤城 上

辻村深月 / ポプラ社 / 2017-05-11

かがみの孤城 下

かがみの孤城 下

辻村深月 / ポプラ社 / 2017-05-11

あらすじ

中学1年生のこころは、いじめが原因で学校に行けなくなる。ある日、自室の鏡が突然光り出し、手を触れた瞬間、鏡の向こうにある城へと引き込まれる。

そこにはオオカミの面を被った少女「オオカミさま」と、こころと同じように学校に通えない6人の中学生がいた。城には「願いの鍵」が隠されていて、見つけた者はひとつだけ願いを叶えられるという。ただし、城が開くのは日本時間の朝9時から夕方5時まで。午後5時を過ぎても残っていたら、連帯責任でその日城に来た全員が「オオカミに食べられる」——そんなルールが課せられている。

5月から翌年3月までの約1年間、7人は城で過ごしながら少しずつ打ち解けていく。だが1月、全員で学校に行く約束をしたのに誰一人会えなかったことから、この城の本当の仕掛けが浮かび上がりはじめる。2018年本屋大賞受賞作。

前半はゆっくり、後半で一気に景色が変わる

前半は、7人が城で過ごす日常がメインだ。テレビゲームをしたり、お菓子を持ち寄ったり、他愛無い話をしたり。正直に言うと、このあたりのテンポはゆるやかで、物語としてはまだ助走のような感覚がある。

ところが、マサムネが「オレたちは、みんな、それぞれ違う雪科第五中学に通ってるってこと」と言い放った瞬間から、見えている景色がまるで変わった。7人は同じ学校の生徒だが、それぞれ違う「年」を生きていた。1985年のスバル、1992年のアキ、2006年のこころと理音、2013年のマサムネ、2020年のフウカ、そして2027年のウレシノ。実は全員が『7年おき』の時間を生きており、もっとも離れているスバルとウレシノの間には42年もの開きがある。 ここまで読んできた何気ない会話の端々が全部伏線だったことに気づく。ゲームの話が噛み合わなかった理由も、テレビ番組のずれも、すべてに答えがあった。

理音が見抜いていたもの

にしても理音、優秀すぎないか。城の仕掛けが『七ひきの子やぎ』のモチーフであることに気づき、誰よりも早く城の核心に近づいていた。ハワイの寄宿学校に通っていて、7人の中でいちばん落ち着いている。

ただ、終盤で彼が城に来ていた本当の理由が明かされると、それまでの冷静さや、こころへの優しい接し方の意味が全部ひっくり返る。理音にとって城が何だったのかは、読んで確かめてほしい。

「闘わなくても、いいよ」

"闘わなくても、いいよ" ——『かがみの孤城』下巻 24ページ付近

フリースクール「心の教室」の喜多嶋先生が、学校に行けない自分を責めるこころにかけた言葉だ。読んでいるときは素直にいい言葉だなと思っただけだった。でも最後まで読んでから振り返ると、この一言の重さがまるで変わる。

喜多嶋先生がなぜこの言葉をかけられるのか。その理由は終盤で明かされる。かつて自分も同じように居場所がなく、追い詰められた人が、大人になって子供たちに寄り添う側にいる。そこに気づいたとき、「闘わなくても、いいよ」がただの優しい言葉じゃなくなった。

救われた人が、次に誰かを救いに行く。この物語が最後に見せたかったのは、そういう循環だったのだと思う。

スバルの約束と、ウレシノの不器用さ

伏線回収とは別に、7人それぞれのキャラクターがちゃんと立っていたのも大きい。

スバルがマサムネに「目指すよ。今から。“ゲーム作る人”。マサムネが『このゲーム作ったの、オレの友達』ってちゃんと言えるように」と言う場面がある。マサムネが自慢げに語っていたゲームクリエイターの話が嘘だとわかったあとで、それを責めるのではなく未来の約束に変えてしまう。スバル、お前そういうやつか。好きだわ。

ウレシノは正直、序盤はちょっとうるさかった。惚れっぽくて空気を読めないし。でもフウカに対して見せる不器用な真剣さは、笑いつつも目が離せない。7歳差のこの二人が現実世界でうまくいったのかどうか、それだけはまだ気になっている。

こころが最後に選んだ場所

城は3月30日に消える。記憶もなくなる。それでもこころは、城の中で得たものを——覚えていなくても——自分のなかに持ったまま、現実に戻っていく。

転校という道も考えていたが、こころは今の学校(雪科第五中学)に戻ることを選ぶ。ただし、それは一人きりの孤独な戦いではない。喜多嶋先生や母親が学校に働きかけ、いじめの主犯格とは別のクラスになるよう調整し、信頼できる先生が担任になるよう尽力してくれた。大人の助けを得ながら、自分の居場所を再構築していく強さが描かれている。 こころがこの1年で手に入れたのは「願いの鍵」じゃなくて、自分の足で立てるようになったことだった。しかも超イケメンの理音もいるし、大丈夫だろう。

"未来で待ってるから" ——『かがみの孤城』下巻 170ページ付近 こころがアキに向けて心の中で、あるいは声に出して伝えた言葉

城が閉じる最後の日に、こころがアキに伝えた言葉。ここが、この物語でいちばん尊かった。時代が違っても、記憶がなくなっても、つながりは残る。そう思わせてくれる終わり方だった。

城が消えても、残ったもの

一言で言うと、尊いシーンがとにかく多い作品だった。前半はゆっくりだが、後半からの怒涛の伏線回収と急展開がすごい。読者が抱く疑問のほぼすべてに回答を用意して、しかも感情の波と一緒に渡してくる。お見事としか言えない。

展開そのものは王道で、先が読めるところもあった。星5にしなかったのはそこだと思う。でも読み終えたあとに残っているのは「読めたかどうか」じゃなくて、7人と過ごした時間の温かさのほうだった。