
アルプス席の母
あらすじ
神奈川で看護師として働く秋山菜々子は、一人息子の航太郎が大阪の新興校へ進学するのをきっかけに、自分も生活の拠点を移すことになる。
甲子園常連校ではなく、強豪を倒す側へ進む選択。厳しい練習、不慣れな土地、父母会の空気、痩せていく息子。『アルプス席の母』は、高校野球を球児本人ではなく、それを見守る母親の側から描いた小説だ。2025年本屋大賞では第2位に入っている。
スポーツの世界の厳しさを思い出した
面白かった。高校野球の話だけれど、読んでいるうちに、自分がスポーツをやっていたときの記憶まで一緒に戻ってきた。
競技は違うけど、スポーツの世界はどこも厳しい。ぶっちゃけ、どんなに練習してもうまくいかないものはいかないし、チャンスをその場でものにすることも至難の業だ。自分も実際そうだった。
この小説は割と成功した話で終わってくれるから、読後感も悪くない。でもその分、現実の8割方はこんなきれいな話には収まらないことも改めて思い出した。作中でも苦労は十分に描かれているが、それでもなお「報われる側」に入っている。その差が、勝負の世界の厳しさをより鮮明に思い出させてくる。
航太郎の前向きさも才能だった
航太郎は、どんな環境でもポジティブに野球へ向かっていく。あれは努力とかとは別の、才能だと思う。
厳しい環境に入っても腐らず、自分のやることを続けられる。技術や体格とは別のところで、もう勝負が始まっている。実際、うまくいく人ってこういう部分も持っている。自分にはなかったから余計にそう思う。
自分は、部活の朝練に2年半欠かさず行っていた。けど、それはうまくなりたいというポジティブな理由だけではなくて、 「うまくならなくても努力したんです感」を公式に残しておきたかったからなのかもしれない、と思ってしまった。その時点でマインドとしては腐っているんだが。 そういう意味で航太郎が眩しく見えてしまった。
母親の視点だから、きれいごとで終わらない
球児本人の一人称ではなく、母親の視点で描いている。それがこの小説の核だと思う。
菜々子は、自分がスッキリしたい気持ちを押し殺しながら、航太郎の意思をできるだけ尊重して接していく。特に最初、進路を親の都合で決めるのではなく、航太郎の意志を受け止めた上で判断しようとするところ。あれはかなり尊い。実際問題、親の言うとおりの進路を選択する子供もいる。自分もそうだった(が、それに感謝している)。 航太郎がどんな人間か理解した上で、意見を大事にしようとする。あの姿勢は、簡単に出せるものではない。
しかもこの小説は、母親を「ただ応援している人」にしない。仕事があり、生活があり、慣れない土地で人間関係を作り直さなければいけない。息子の夢を支える話であると同時に、菜々子自身の毎日を立て直す話でもある。だからアルプス席からの視点に、試合の熱さだけじゃない生活の重さが乗ってくる。
親から子への無償の愛と言ってしまえばそれまでだが、この小説ではそんなきれいな標語ではなく、毎日の判断や我慢として出てくる。だから刺さる。
野球でつながった人間関係は、その先にも残る
作中ではもちろん苦労のほうがずっと前に出る。けれど、その中でできた人間関係はやはり大きい。
親子だけではなく、親同士、子ども同士、周囲の大人も含めて、野球というただ一点で長くつながりを持てるものになる。勝った負けたの記憶より先に、送り迎えの帰り道や試合の前後に交わした会話のほうが残っていたりする。
自分もスポーツで成功したとは1ミリも思っていないし言えない。でも、そこでできたつながりは10年以上経った今でも残っている。親同士も連絡とったりしてるし。 この小説を読んで、そのかけがえのなさが改めて身にしみた。
支えることそのものの話だった
『アルプス席の母』は、高校野球の青春を描いた小説であると同時に、それを支える側の毎日を描いた小説でもあった。
勝負の厳しさも、親が子どものために飲み込むものも、その先に残る関係も、母親の視点だからこそ生々しく伝わってくる。球児の成長物語として読むより、支えることそのものの話として読んだほうが、この本は深く入ってきた。



